畜産動物にも愛を。多くの人が知らないアニマルウェルフェア。

  • エネルギーと環境問題

私たちがいただいているお肉や卵は、畜産動物の命をいただいているもの。

しかし、畜産動物の悲惨な飼育環境をご存じでしょうか?そんな環境を正すべきだという考え方を「アニマルウェルフェア」と言います。欧州に比べ、この考え方が浸透していない日本。

 

どうしてアニマルウェルフェアが必要なのでしょうか?この記事で詳しく解説いたします。

アニマルウェルフェアって?

アニマルウェルフェア(以下、AW)は日本語訳すると「動物福祉」となり「家畜も生まれてから死ぬまで、なるべくストレスや苦痛のない環境で過ごすべきである」という考え方です。

ヨーロッパから広がりをみせているこの考え方は、動物たちを「感受性を持つ生き物」として心を寄り添わせ、家畜たちにとって快適な飼育環境を目指す畜産業の在り方です。

 

このような考え方がなぜ必要であるのかを説明する前に、まずは家畜たちが置かれている過酷な現状をみていきましょう。

目をそむけたくなる飼育環境

皆さんは畜産動物の飼育環境をご存じですか?

動物ごとになんとなくのイメージを持っている方も中にはいらっしゃるかもしれません。

実は欧州に比べ、畜産動物の飼育環境が群を抜いて悪い日本。どのような現状があるのでしょうか。

ニワトリ

私たち日本人は、年間で約338個の卵を食べているそうです。卵を産むために育てられる鶏には4つの飼育方法があります。

そんな中、一番飼育環境が悪いと言われているのが「バタリーゲージ」と呼ばれている方法で、日本では94%の養鶏場がこの飼育方法を取っています。(参考:IEC(国際鶏卵協会))

 

  

バタリーケージは、金網の中に鶏を入れ、それを重ねて飼育する方法。

鶏の周辺は全て金網で囲まれています。このケージの広さは20cm×20cmほどとなり、鶏たちは羽根を広げることもできません。身動きが取れない満員電車を想像してもらえれば過酷さが分かりやすいのではないでしょうか。

 

卵の収穫の効率が上がることは確かですが、地面をクチバシでつつく、エサを得るために爪で土をかく、止まり木に止まる、砂浴びをするなど本能的な行動をすることができず、常にストレスフルな状態になっていると言われています。

 

さらに、過密な飼育によるつつきあいを防ぐために、雛であるひよこの段階で、クチバシを切断する養鶏場も多いです。この時、麻酔は使われないため痛みで水を飲むことができずそのまま命を落とす場合もあるそうです。

ブタ

豚たちは本来、群れをつくって生活する動物です。

しかし、管理のしやすさから子どもを産ませる目的で育てられる母豚は「ストール」という檻に1頭ずつ入れられ、飼育されます。

このストールは非常に狭く、歩くことはおろか方向転換もできないスペースしかありません。

そのため運動不足で立つことが難しくなる豚も多いのが現状です。群れをつくることもできず、歩くこともできない豚たちは、ストレスから食べ物が入っていないのに口をずっと動かしたり、檻の柵をかじり続けたりしてしまうそうです。

 

また、他の豚のしっぽをかじる「尾かじり」をしてしまうこともあります。かじられたしっぽから菌が入ってしまうと時に全身に菌が回ってしまうことがあり、それを防ぐためにほとんどの養豚場でしっぽの切断が行われています。しかしこの時、麻酔が使われることはほとんどありません。

 ウシ

牛も本来であれば群れをつくって生活しますが、一頭だけ囲って飼育する単飼やチェーンなどで繋がれるつなぎ飼いで飼育している牛舎もまだまだあります。他の牛とコミュニケーションが取れない牛たちには非常にストレスがかかります。

 

法律で義務付けられている「耳標」や鼻輪(鼻グリや鼻環と呼ばれることもあります)をつける際には麻酔が使われることがなく、時に出血することもあるそうです。また、鼻輪は痛みで牛をコントロールするためのものです。

また、角が成長すると、人や他の牛を傷つけてしまうことがあるため、除角・断角を行う場合もありますが、約80%の農家で麻酔が使われていません。牛の角には神経も血液も通っているので、失禁やショック死する牛もいるそうです。

 

このように家畜たちは、生産の効率を上げるために過酷な環境下で飼育されていることが多く、現在の法律などで規制もされていません。

アニマルウェルフェアの考え方

多くの畜産動物が、非常に過酷な環境で飼育されていることが分かっていただけたと思います。

しかし、中には「どうして必要なのだろう?」と疑問に思う方もいらっしゃるかもしれません。そんな方のために、AWについてより詳しく説明いたします。

なぜ必要なの?

現在確立されている畜産動物の飼育方法を壊してまで、なぜAWが重要視されるのでしょうか?

 

第一の理由としては「生産性が上がる可能性がある」ということです。

現在の畜産業は効率が最優先とされ、家畜たちへのストレスは大きいです。この背景には生産効率とAWの両立は難しいという考えを持つ農家が多いことが挙げられます。

しかし、近年の研究では飼育環境を改善し、ストレスや疾病が少ない環境で育てられた家畜は良質なものになるという報告が多く上がっています。

 

さらに動物たちが自由に生活をしている姿を見ることで、命を向き合う仕事であることを肌で感じ、よりやりがいが出たという農家も少なくありません。

 

また、徐々にではありますが日本国内でもAWの認知度が上がっており、消費者から「AWの製品を選びたい」という声が増えてきています。このような声がより大きくなった際に、従来の飼育方法を取っている農家の商品は選ばれなくなるでしょう。

詳しくは後述しますが、SDGsとのつながりも深く、さまざまな目標と関連があるためSDGs達成のためにも必要とされています。

5つの自由

AWの基本として「5つの自由」が定められています。これは1960年代のイギリスで動物福祉を実現するために生まれた考え方です。

 

飢え、渇きからの自由

→十分なご飯と綺麗な水がある環境下どうか?

 

不快からの自由

→雨風をしのぐことができ、清潔な環境であるかどうか?動物に適した休憩場所や寝床が準備されているか?

 

痛み・負傷・病気からの自由

→ケガ・病気の予防や治療は行われているか?適切な治療や診療が行われているか?

 

本来の行動がとれる自由

→動物の習性に従った自然な行動ができるかどうか?群れで暮らす動物は群れで、単独で行動する動物は単独で飼育されているか?

 

恐怖・抑圧からの自由

→過度なストレスや恐怖がない環境であるかどうか?ある場合、その原因を解明し改善しているか?

 

以上の項目は家畜だけでなくペットや実験動物など、人間が飼育している動物たちすべてに対して与えられなければならないと考えられています。

現在は国際獣疫事務局(WOAHが世界的にAWを取りまとめており、182の国と地域が参加しています。このように世界中で認知されている考え方で、EUではこれに基づいて指令が作成されています。

動物愛護との違い

AWは「いかなる動物も大切にするべきである」という考え方であることは理解いただけたかと思います。ここで気になるのはよく耳にする“動物愛護”とは、意味が異なるのか?という点ではないでしょうか。

 

結論から言うと、AWと動物愛護は全く異なる考え方です。一言でいうと、AWは「動物にとって何が良いのか」という考え方で、動物愛護は「人間がどう思うか」という考え方です。

 

AWでは人間の感情は一切入れずに考えられます。人間が動物を利用することを認めつつ、より良い飼育環境を整えることがAWとされています。一方で動物愛護は人間が動物を愛し、大切にすることとされており、人から動物への感情が強く反映されているのが特徴です。

 

日本ではAWより動物愛護の方がポピュラーであり、AWの考えはあまり浸透していないのが現状です。動物愛護は人から見た動物に対しての思いやりとなるため、それぞれの経験や考え方によってとらえ方が変化し、曖昧な状態となっています。

 

どちらかが間違った考えというわけではなく、どちらの意見も踏まえた上で「どのように考えるか」が重要になるのではないでしょうか。

日本での取り組み

日本ではAWがあまり浸透していないと述べましたが、全く触れられていないかと言えばそうではありません。いくつかの企業はAWを実現するべく既に動き出しています。

 

日本ハム

大手企業である「日本ハム」は2021年に「アニマルウェルフェアポリシー」を制定し、AW実現に向けてさまざまな取り組みを行っています。たとえば先述した「妊娠ストール」の廃止や、農場・処理場へのカメラの設置、家畜処理場の飲水設備など。このような取り組みが評価され、2021年度の「アニマルウェルフェアアワード」で豚賞を受賞しています。

 

あいコープみやぎ

宮城県の生協である「あいコープみやぎは、2021年アニマルウェルフェアアワードの「牛賞」を受賞しています。

受賞の理由は、アニマルウェルフェアの高い農場で生産された牛乳を、消費者の手が届きやすい価格で販売していることが評価されたためです。他の牛乳ブランドと並列しておくのではなく厳選した1ブランドの牛乳のみを販売しているそうです。

 

汐文社

汐文社」は、主に子ども向けの本を扱う日本の出版社で、2022年のアニマルウェルフェアアワード「鶏賞」を受賞しています。「なぜ出版社が受賞するの?」と驚いた方も多いかもしれません。

その理由は2022年に出版された『いつか空の下で さくら小ヒカリ新聞』(堀 直子/作 あわい/絵)にあります。小学生高学年向けの児童書で、採卵鶏のAWについて詳しく知ることができるのです。勇気ある姿勢でこのような作品を出版したことが評価され、受賞に至っています。

 

農林水産省

政府としても、AW改善の動きはあります。畜産業者向けに「アニマルウェルフェアの考え方に対応した飼養管理指針」を家畜ごとに公表しています。しかしあくまで推奨項目となり、強制力がないのが現状です。

SDGsとの関係

2030年までに持続可能な世界を目指し、17の目標達成を世界一丸で目指す「SDGs

期限が近くなり、皆さんも耳にすることが多くなってきたのではないでしょうか?

 

実はAWはSDGs達成と密接な関係を持ちます。それぞれの目標ごとに詳しく見ていきましょう。

目標3:すべての人に健康と福祉を

先述した通り、劣悪な畜産動物の飼育環境は清潔ではありません。そのため、様々な菌やウイルスの温床となっており、実際に畜産が起源とされているウイルスが多く発生しています。

 

例えば、食中毒の原因となる「サルモネラ菌」。サルモネラ菌は私たちの身の回りに多く生息していますが、AWが低い畜産では非常に菌が発生しやすくなっています。また、ストレスなどで免疫が落ちた動物が感染し、命を落とすケースも多いです。AWの向上が、菌の発生・繁殖の予防に繋がるのです。

目標6:安全な水とトイレを世界中に

実は畜産業には膨大な水が使われていることをご存じでしょうか?

例えば、牛肉1kgを作るためには15415リットル、鶏肉1kgには4325リットル、豚肉1kgには5988リットルが必要となります。比較的AWが低いとされている工場畜産は、放牧などの畜産よりも多くの水を使っています。その理由は飼料である穀物と、それに使われる窒素化学肥料に膨大な水が使われていること。

水の使用量を抑えるためには、AWの改善が欠かせないのです。

目標12:つくる責任 つかう責任

動物の命を頂戴することは、倫理的責任が大きいです。これは国際獣疫事務局(OIE)の動物福祉規約の指導原則にもはっきりと記されています。畜産物の生産~消費までのプロセスはとても長いため、その分多くの責任が伴います。

畜産業者だけではなく、「つかう責任」として、消費者の私たちもどういった商品を選ぶかをしっかり考えなければなりません。

ひとりひとりが、できること

私たち消費者がAW改善のためにできることはあるのでしょうか?

AWについて詳しく調べる

まずはAWについて詳しく知ることが大切です。正しい知識を身に着けることで、自分にどのようなことができるのかを探っていくことができます。

また、身近にAWに関心を持つ人が現れた際に知識があると説明ができますが、知識がない場合は説明ができません。もちろん、そういった人と一緒に学んでいくということも素晴らしい取り組みだと言えます。

重たい内容ではありますが、ご家族や大切な人とAWについて話をしてみることもいいかもしれません。

生産方法の確認

AW改善に取り組んでいる企業の商品を買うことは非常に有効です。商品の売れ行きが悪くなると企業は売れるように改善していきます。「AWの商品が売れている」ことが分かれば、多くの企業が本格的に取り組み始めるでしょう。そのため、パッケージや企業のサイトから生産方法を確認することは非常に大切です。

「わざわざ確認をするのが面倒」という方でもAWの商品かどうかが、一目でわかる「認証マーク」があります。認証マークとは、商品の品質・性能・安全性などを第三者機関が証明するマークで、AWに特化した「アニマルウェルフェア認証マーク」が、一般社団法人アニマルウェルフェア畜産協会から発行されています。

 

いきなり全ての食品を変更することは正直難しいです。

自分たちが無理なく継続できる頻度でAWの商品を選ぶことがとても大切です。

まとめ

さまざまな観点からAWの改善は日本においても非常に重要な取り組みであることが分かっていただけたと思います。

 

普段いただいている食品がどのように作られているかに少しだけ関心を持ち、できる範囲からAWに取り組んでいる農場の商品を選んでみませんか?私たち消費者も、畜産品をつくってくださる農家の方も、動物たちもお互いを尊重した世界に近づくことが理想ですよね。

 

数年後に、スーパーなどでAW認証マークがついた商品が今よりたくさん増えていますように。